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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)3738号 判決

原告

森なみ子

ほか三名

被告

羽場幸男

ほか一名

主文

一  被告らは各自、原告森なみ子に対し金一八〇万二一九二円、原告森初子に対し金六〇万〇七三〇円、原告神野綾子に対し金六〇万〇七三〇円、原告安藤美子に対し金六〇万〇七三〇円及びこれらに対する昭和六〇年一月一六日から各完済に至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告ら、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告森なみ子に対し金八九六万〇二〇四円、原告森初子に対し金二九八万六七三四円、原告神野綾子に対し金二九八万六七三四円、原告安藤美子に対し金二九八万六七三四円及びこれらに対する昭和六〇年一月一六日より完済に至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

(一) 日時 昭和六〇年一月一六日午前一〇時頃

(二) 場所 桑名市殿町二一番地先市道

信号の無い交差点

(三) 加害車 軽四輪貨物自動車、三重四〇す六一三二

(四) 同運転手 被告羽場幸男

(五) 同所有者 被告羽場敏子

(六) 態様 前記日時場所にて、亡森正一が、自転車に乗つて南から北へ向け直進中、北から進行してきて右折しようとした加害車が衝突した。

2  結果

亡森正一は、右事故により、頭蓋底骨折、脳挫傷、脳内出血等の傷害を負い、昭和六〇年一月一六日から同年二月一六日まで(三二日間)桑名病院に入院加療したが、その甲斐もなく同年二月一六日死亡した。

3  責任

被告羽場幸男(以下、被告幸男という)は、加害車を運転するに際し、交差点を右折する時は、前方を注意し、直進する者がいるときは、一旦停止する義務があるのに、これを怠り、漫然進行右折した過失があり、民法七〇九条の責任がある。

被告羽場敏子(以下、被告敏子という)は、加害車の所有者として、自賠法第三条の運行供用者の責任がある。

4  生活状況

(一) 亡森正一は、「四日市屋」の屋号にて、旅館業を営んでいた。従業員は、妻である原告森なみ子、長女森初子の二名であつた。亡森正一は、死亡当時満八一歳であつたが、極めて健康で、持病は全くなく、一家の支柱として働き、旅館で出す食事についても、買出しから、調理まで、全部一人で賄つていた。昭和五七年の簡易生命表によれば、満八一歳の平均余命は七・二一年であり、このような場合、就労可能年数は、平均余命の半分とされている。しかし、亡森正一は、右のとおり極めて健康であるので、少なくとも、今後七年(ホフマン係数五・八七四)は就労可能であつた。

(二) 亡森正一の昭和五九年の申告所得は、売上で金六〇五万九七二五円、所得が金一九八万二七二四円である。しかしながら、亡森正一には簿外収入があり、これらを合算すると、所得は、年額金三〇〇万円(一日八二一九円)を下る事はない。

(参考・年齢別平均給与額表によると六八歳以上の男子の平均給与は月額金二二万四三〇〇円、年額金二六九万一六〇〇円である。)

5  損害

(一) 入院付添看護料 二万〇〇〇〇円

入院期間中のうち五日間近親者が付添看護した。

(一日四〇〇〇円×五日=二万〇〇〇〇円)

(入院期間のうち二七日分については家政婦看護料として支払済み。)

(二) 入院雑費 三万二〇〇〇円

(一日一〇〇〇円×三二日=三万二〇〇〇円)

(三) 入院休業補償 二六万三〇〇八円

(一日八二一九円×三二日=二六万三〇〇八円)

(四) 入院慰謝料 五〇万〇〇〇〇円

(五) 死亡逸失利益 一二三三万五四〇〇円

(年間三〇〇万円×五・八七四×生活費控除三〇%=一二三三万五四〇〇円)

(六) 死亡慰謝料 一七〇〇万〇〇〇〇円

(七) 葬儀費用 一〇〇万〇〇〇〇円

(八) 治療費 二二六万七九〇〇円

(九) 看護費 二六万五三四二円

(一〇) 文書料 五〇〇円

(一一) 弁護士費用 一五〇万〇〇〇〇円

(一二) 合計 三五一八万四一五〇円

6  既受領額

(一) 自賠責保険より 一四七三万〇〇〇〇円

(二) 被告より 二五三万三七四二円

7  差引請求額 一七九二万〇四〇八円

8  相続

亡森正一の死亡により、その妻原告森なみ子が二分の一、亡森正一の子原告森初子、同神野綾子、同安藤美子がそれぞれ六分の一ずつ亡森正一を相続した。

9  よつて被告ら各自に対し、原告森なみ子は損害賠償金(相続分)八九六万〇二〇四円及びこれに対する本件事故日である昭和六〇年一月一六日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、原告森初子、同神野綾子、同安藤美子は、それぞれ損害賠償金(各相続分)二九八万六七三四円及びこれらに対する前同昭和六〇年一月一六日より完済まで各年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因第1、第2項の事実は認める。

2  同第3、第4項は争う。

3  同第5項中(八)ないし(一〇)は認め、その余は争う。

4  同第6項は認める。

5  同第7項は争う。

6  同第8項は認める。

三  抗弁

(過失相殺)

本件は約三メートルの狭い道路から出てきた亡森正一と約四メートルの広い道路から出てきて右折しようとした加害車が衝突したものである。本件交差点は、幅・位置ともに少し変則的である。

被告幸男は右方(西方)から進行してくる自動車を発見し一時停止をした後、左右の安全を確認して右折を開始したところ、道路中央で亡森正一を発見したと同時に同人に衝突した。

亡森正一は左方(西)からくる自動車が通りすぎた直後に道路を横断したが、その際、道路前方を十分に注視すれば、被告幸男運転の自動車が右折しようとしているのに気付いたはずである。

しかるに亡森正一は前方を十分注視せず、目の前を左(西)から右(東)へ走る自動車のみに気をとられて、被告幸男運転自動車とほぼ同じ速度で横断したため本件事故が発生した。

なお本件事故当時、被告幸男側からは亡森正一が影となつて見にくいのにくらべ、亡森正一側からは被告幸男が太陽の光で明かるく照らされているから、亡森正一がほんのわずか注意すれば被告幸男運転の自動車の動静を把握できた筈である。

亡森正一は前方不注意の過失により少くとも二割の過失相殺をされるべきである。

四  抗弁に対する答弁

抗弁については争う。亡森正一には過失はない。

第三証拠

本件記録の調書中の各書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  請求原因第1(本件事故の発生)、第2(結果)、第6(既受領額)、第8項(相続関係)の各事実は当事者間に争いがない。

同第5項(八)ないし(一〇)の損害発生の事実も当事者間に争いがない。

二  本件事故の態様、過失相殺

1  成立に争いのない乙第二号証の一ないし二三によれば次の事実が認められる。

(一)  本件事故現場交差点は、市街地にあり、前記のとおり、本件事故当時、交通整理が行なわれておらず、アスフアルト舗装され平坦で乾燥していた。

東西に通ずる市道は、両側に約三・八メートルと約四メートルの歩道が設けられ、車道幅員は約一一メートルである。南北に通ずる市道は歩車道の区別がなく、北方の市道(被告幸男進行路)の幅員は約四・五メートル、南方の市道(亡森正一進行路)の幅員は約三・一メートルである。

被告幸男運転車両進路上からの見通しは前後ともほぼ直線道路であるため良好であるが、左右道路への見通しは店舗に遮られ悪い。

亡森正一進路上からの見通しは前後とも良好であるが、左右道路への見通しは店舗に遮られ悪い。

本件事故現場交差点を南北に通ずる市道は駐車禁止、一時停止等の交通規制がなされていた。

(二)  被告幸男は加害車を運転して本件事故現場交差点手前で右折の合図を出し、一時停止標識付近で一時停止し、左右及び前方の道路を見たが、車等が走つてこないように思つたので発進し、ハンドルを少し右に切りかかつたところ、普通乗用自動車が進行してきたので一旦停止し、その通過を待つた。その自動車が通りすぎたので、被告幸男は、左方道路を見たところ、一台も車が走つて来ないので、右方道路の方向を見ながら発進し、右折のためハンドルを右に切つたが、右発進の際、前方に対する確認を怠り、時速二五キロメートル位の速度で進行し、同交差点中央付近に差しかかり、対向直進して来た亡森正一運転の自転車を目の前に発見した瞬間、被告幸男運転の加害車の右前部が亡森正一の自転車右前部付近に衝突し、同人は自転車と共に転倒した。

加害車のハンドル、ブレーキには、本件事故当時、異常がなかつた。

2  以上認定の事実を総合すると、被告幸男は加害車運転者として右折時に前方確認義務を怠つた過失があるから民法七〇九条の責任があり、被告敏子は加害車の保有者であるから、自賠法三条により損害賠償責任を負うことになる(同条但書所定事項の証明はない)。

しかし亡森正一においても右前方注視不十分のまま進行した過失があるから過失相殺されるべきであり、前記認定の一切の事実を総合すると、その過失割合は被告ら側八五パーセント、亡森正一側一五パーセントと認めるのが相当である。

三  (亡森正一の生活状況)

1  証人森忠雄の証言及びこれにより真正に成立したと認められる甲第九号証、第一二号証、成立に争いのない甲第六、第七、第一〇号証によれば次の事実を認めることができる。

亡森正一は明治三六年四月二三日生れの男子(死亡時八一歳)であり、「四日市屋」の屋号で旅館業を営んでいた。従業員は妻である原告森なみ子と長女である原告森初子であつた。

亡森正一は死亡当時、採血検査に異常はなく、その他治療の対象となる異常はなく、元気に生活していた。

亡森正一は調理士の資格を有し、自ら右旅館で出す食事の調理をしたり自転車に乗つて右食事材料の仕入れをしており、家族の大黒柱的存在であつた。

2  前記認定の事実に証人森忠雄の証言及びこれにより真正に成立したと認められる甲第一一、第一二号証、成立に争いのない甲第一〇号証、弁論の全趣旨を併せ総合すると、亡森正一の本件事故直前の収入は、昭和五九年パートタイム労働者を除く労働者の年齢階級別きまつて支給する現金給与額所定内給与額及び年間賞与その他特別給与額(賃金センサス)産業計、企業規模計、六五歳以上男子労働者の学歴計平均給与の九割にあたる年額約二五八万三〇九〇円と認めるのが相当である。

(20万0400×12+46万5300)×0.9=287万0100×0.9=258万3090(円)

四  損害(以下の計算は円未満切り捨て)

1  近親者入院付添看護料 一万七五〇〇円

亡森正一が本件事故により前記のとおり三二日間桑名病院に入院したことは当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証及び証人森忠雄の証言によれば、亡森正一の右入院期間中付添看護が必要であり、その最初の五日間は原告森なみ子や亡森正一の近親者が付添看護したことが認められる(なお弁論の全趣旨及び前記当事者間に争いのない事実によれば、その余の二七日分については家政婦が付添い、その費用として請求原因第6項(九)のとおり金二六万五三四二円を要したが、右金員は既に填補されていることが認められる)。

右近親者の入院付添看護費用は一日につき三五〇〇円と認めるのが相当である。

3500×5=1万7500(円)

2  入院雑費 三万二〇〇〇円

前記のとおり亡森正一は三二日間入院し、その入院雑費は一日につき一〇〇〇円と認めるのが相当である。

1000×32=3万2000(円)

3  入院中の休業損害 二二万六四六二円

入院中休業期間 三二日

本件事故直前の年収 二五八万三〇九〇円

258万3090×32/365=22万6462(円)

4  入院慰藉料 三五万〇〇〇〇円

前記認定の入院中の傷害の内容、治療経過等によれば、本件事故による亡森正一の入院慰藉料としては金三五万円が相当と認められる。

5  逸失利益 四九三万八〇九三円

本件事故直前の年間収入 二五八万三〇九〇円

亡森正一は死亡時八一歳の男子であるから就労可能年数は約三年であるからホフマン係数は二・七三一。

生活費控除 三〇パーセント

258万3090×(1-0.3)×2.731≒493万8093(円)

6  死亡慰藉料 一五二〇万〇〇〇円

前記認定の一切の事情を総合すると本件事故による亡森正一の死亡慰藉料は金一五二〇万円と認めるのが相当である。

7  葬儀費用 九〇万〇〇〇円

亡森正一の葬儀費用としては、金九〇万円が本件事故と相当因果関係ある損害と認められる。

8  次の各損害については前記のとおり当事者に争いがない。

治療費 二二六万七九〇〇円

看護費 二六万五三四二円

文書料 五〇〇円

9  以上認定の各損害を合計する二四一九万七七九七円となる。

1万7500+3万2000+22万6462+35万+493万8093+1520万+90万+226万7900+26万5342+500=2419万7797(円)

10  過失相殺

前記認定の亡森正一の本件事故についての過失割合を適用して過失相殺をすると二〇五六万八一二七円となる。

2419万7797×(1-0.15)=2056万8127(円)

11  損益相殺

前記のとおり既払額は

1473万+253万3742=1726万3742(円)

であるから、これを前記10認定の損害額から差し引くと三三〇万四三八五円となる。

2056万8127-1726万3742=330万4385(円)

12  原告らの各相続金額

原告森なみ子につき 一六五万二一九二円

330万4385×1/2=165万2192(円)

原告森初子、同神野、同安藤につきそれぞれ五五万〇七三〇円となる。

330万4385×1/6=55万0730(円)

13  弁護士費用

原告らが本件事故による損害賠償請求のため弁護士に訴訟代理の委任をしたことは裁判所に顕著な事実である。

本件事案の難易、認容額その他一切の事情(不法行為時からその支払時までの間に生ずることのありうべき中間利息を不当に利得させないことも含む)すると、原告森なみ子につき金一五万円、原告森初子、同神野、同安藤につき各金五万円が、本件事故と相当因果関係ある弁護士費用と認められる。

14  前記12、13認定の各損害額を合計すると

原告森なみ子につき

165万2192+15万=180万2192(円)

原告森初子、同神野、同安藤につきそれぞれ

55万0730+5万=60万0730(円)

となる。

五  以上によれば、原告らの本件請求は、被告ら各自に対し、原告森なみ子が本件事故による損害賠償金一八〇万二一九二円、原告森初子が同損害賠償金六〇万〇七三〇円、原告神野綾子が同損害賠償金六〇万〇七三〇円、原告安藤美子が損害賠償金六〇万〇七三〇円及びこれらに対する本件事故日である昭和六〇年一月一六日から完済まで民事法定利率年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべきであり、その余の請求は理由がないからこれを棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 神沢昌克)

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